H24.9.23

 
 初めて日曜日に凡でお年寄りと一緒に過ごした。昼からは子供たちが来て、ぼくが長男と覚えたての将棋をやっている横では、おじいさんが長女に昔取った杵柄の按摩をしているその横では、嫁が明日来るおばあさんが出した宿題の針山を作っていて、そしたら急に外が暗くなって、激しい雨が窓を叩く音がして、ぼくはそのとき何をしているのかさっぱり分からない。
 
 ちょうど長男の年の頃、ぼくは親父の転勤で博多に住んでいた。当時の小学校では毎週土曜日の午後、生徒同士がペアを組んで、近隣の掃除をするという行事があった。ぼくは大抵ニシダという、クラスではまったく目立たない眼鏡っ子とペアとなった。ニシダには20歳位年の離れた兄がいて、その兄が大分風変わりだったせいか、変に耳年増なところがあり、今でいう「陰謀論」的な情報をその掃除の度ごとに、何故かぼくにささやきかけた。曰く「国会の地下には1万人収容のシェルターがある」曰く「博多湾の水を飲むと骨が溶ける」等々。大抵は「ふーん」と受け流していたのだが、唯一リアリティを感じてしまったのが、「もうすぐ日本に「スカッドミサイル」が打ち込まれて、全国民が死ぬ」というものだった。「スカッドミサイル」という語感がなにか本当に一瞬でスカッとすべてを破壊してしまいそうなインパクトがあったのもあり、必要以上に怖くなったぼくは「でもニュースとかでやっとらんやん。テレビは嘘ついとうと?」としつこく問いただした。焦るぼくを尻目に、ニシダは「ほんとのことテレビが言う訳なかろうもん。言ったらパニックになるけんね」とさらに不安を煽るようなことを言い、枯れ葉をただ拾うのみだった。

 金曜日は嬉しいことが沢山あった。凡で初めてお会いしたおじいさんが初めて「トイレに行きたい」と。先週険悪な感じになって、ちょっと一緒にいるのはしばらくどうかな、と思っていた二人の男の人たちが、そのトイレを手伝って帰ってきたら、おもむろにテーブルに置いてあった歌の本で一緒に歌を歌っていた。トイレから戻ってきたおじいさんが、1曲終わるたびに拍手をしていた。前の犬が吠えるのを怒鳴り込もうとして凡を出たおじさんを気にしていたら、耳の遠いおじいさんにその隣のおじいさんが何度も「あの人親戚でんねん」と話しかけ「あー、軍隊は本当に嫌なところやった」と答えていて、その横で長女がぐっすり寝ていて、あー、ぼくは何もしていないな、でもなにをしているのかと聞かれれば、ぼくはスカッドミサイルが日本にもどこにも打ち込まれないように、こうやって今も過ごしている。