H24.11.2 22:55

なんか設立にかかった費用のもしかしたら三割をまあしょうがないからくれてやってもいいけど、みたいな助成金の申請の為、かかる品目、納品日、レシートコピー等を終業後3時間、心を無にしてひとり暖房もつけず、ユニクロダウンジャケット、靴下2枚半履きにてつぶつぶやっていたところ、さきほど何かの拍子でデータが飛んでしまい、心がボキッと音を立てて折れ腐ったので、久しぶりに日記でも書いて今日は帰宅しようと思う。

凡が始まって3ヶ月。目が回るほど忙しいという訳でもなく、かといって何も無かったかといわれれば、それなりにいろいろありました。今のことを少し書くと、大体一日4人くらいの方が来てくれています。ほとんど男の人です。全員男の日も珍しくありません。特にこれを良しとしている訳ではありません。むしろ女の方が沢山来て頂きたい、けど仕方ありません。皆良い方ですし。ぞれぞれの方との時間にいろいろ感じることはありますが、何分お付き合いの日も浅いので、例えばこういうところで何かを書いて、「こう思っている」もしくは「こう思ってくれている」とかひとつ区切りをつけようと思っても、その次の日に「やっぱ違うわ」とかにすぐなります故、なかなか書けません。でも、ぐっとくることはいくつかありましたので、いつか誰かに聞いてもらいたいなー、なんて思っています。来られる方の年齢も60代から90代までかなり幅広いです。まあとにかく3ヶ月が経ったのです。

自分自身のことでいうと、先週の半ばからきつい風邪をひいてしまい。特に週末は家でまるまる寝ていました。凡が始まってから、常に何かしら体は動いていたので、否応無しに何もしない、という時間があると、やっぱりぼくも人の子なので、それなりにいろいろと考えて、大抵そういうのは気が滅入る内容のことが多い訳です。

明けて月曜日。病み上がり、でも仕事は当たり前ですが休めない、となって、久しぶりに本当に出勤するのが苦痛というか、「嫌やな」とか思って、もちろん元々順調と言うわけでもなかったですが、とにかくぼくは天才的に「なにかうまく行かないときは人や社会せいにして自分を肯定する論理を構築する」才能があるので、でも大抵そういうのは気が滅入ることが多い訳です。天気も良くなかったし。

で、送迎に行って、この時点でもううんざりし始めていましたが、他の人を迎えに行っていた車が帰ってきて、「あー嫌やな」とか思ってしまったというのは、先週の月曜日に一人の方が、半日凡の玄関をくぐって頂けず、ちょっとえらい感じになったことが思い出される表情を、車から降りてこられるその方に感じたからです。本当はこの件はいろいろと考えるというか、たくさんのことが感じられて、いつか丁寧に書こうとおもうのですが、このときのあかんメンタルではそう思ってしまったので、正直に書きますが「嫌やな」と。ほんで恐る恐るこう玄関の方に向かう、そのひととぼくとのあいだが、磁石で言いますところのN局とS極がひきつけあっている状態ではなく、片方のNがもう一方のNを押し出しているみたいな感じで、どうしよう。ふと。大きいダンボールを持った宅配便の人が目の前に。よくわからず受け取りを済まし、運び入れようとしたその瞬間、その人が何も言わずそのダンボールをすっと持って、中まで運び入れてくれました。運び終えて、そのまま縁側のソファでくつろぐその人を眺めながら、本当にありがとうダンボールと思い、差出の欄を眺め、やっぱり、と思いました。それは、愛媛のデイサービス「池さん」からのお米のおすそ分けでした。

中に手紙が入っていました。「自分にとって大切なもの程人に渡せ」ということばがありました。そうか、と思いました。ぼくは大切なものってそんなに無いのですが、たまに本当に大切にしたいと思うものがあったとしても、大切に思おうとするあまり、逆にこわくなって、最後には捨ててしまうということを繰り返してきました。贈り届ける、そうか。少し近すぎるひととの距離が煩わしく思えていたそのときのぼくに、そのことばは本当に心地よく思えました。うっかりすると、宛先のない呪いのことばばかりが目についてしまう、そんな日々に突き刺さるのは、手書きの手紙のこんなことば。そしてぼくにはこの頂いた本当においしいお米を食べて欲しいと思う人たちが、目の前にいる。それは本当に素敵なことだ。

昼ごはん、みんなでそのお米を食べる。甘くてあたたかくて、それは本当に素敵なことだった。